職員室の壁を越える:経験者が語る、チームで築く支援の輪
教育支援に関わる皆様、こんにちは。「支える学びの輪」編集部です。長きにわたり教壇に立ち、多くの生徒たちの成長を見守ってこられた先生方の中には、現代の教育現場が抱える複雑さに対し、新たな対応策を模索されている方も少なくないのではないでしょうか。生徒たちの多様な背景、保護者対応の複雑化、そして教員自身の業務負担の増大といった課題は、一人の教員の力だけで乗り越えるには限界があると感じる場面も増えているかもしれません。
今回は、長年の経験を持つある先生の体験談を通して、職員室内の連携を強化し、組織として生徒支援の質を高める新たなアプローチについて考察します。
一人で抱え込んだ時代:ベテラン教員としての葛藤
私は公立中学校で20年以上教鞭をとってきました。生徒指導、学級運営、進路指導と、多岐にわたる業務を経験し、それなりの自信も持っておりました。特に、困難を抱える生徒に対しては、「自分が何とかしなければ」という使命感から、一人で抱え込み、休み時間や放課後も生徒と向き合い続けることが美徳であると考えていた時期がありました。
しかし、近年、生徒たちの抱える課題はますます多様化し、複雑さを増しています。発達上の特性、家庭環境の変化、SNSを介した人間関係のトラブルなど、私が経験してきた「従来の生徒指導」の枠では収まらない事態に直面することが頻繁になりました。保護者の方々との対話も、以前よりも一層丁寧で、多角的な視点からの情報共有が求められるようになりました。
そのような中で、私自身も心身ともに疲弊していくのを感じることがありました。懸命に取り組んでも、全ての生徒に十分な手を差し伸べられているのか、という自問自答が続き、時に無力感に苛まれることもありました。この経験は、私にとって「一人でできることの限界」を痛感する契機となりました。
チーム連携への転換点:ある生徒との出会い
私の意識が変わる決定的なきっかけは、ある生徒との出会いでした。その生徒は、学級では落ち着きがなく、学習面でも大きな遅れが見られ、他の生徒とのトラブルも頻繁でした。私はこれまで培ってきた指導法を駆使しましたが、一向に状況は改善せず、むしろ悪化していくように見えました。
この時、私は学年主任として、若い担任の先生から相談を受けました。私は自分の経験からアドバイスをしましたが、その担任の先生は「学級全体への影響も考えると、どうすれば良いか分かりません」と、強い戸惑いを口にしました。その言葉を聞いた時、私ははっとしました。一人の担任、一人の教員が抱え込むのではなく、学年全体、学校全体でこの生徒を支える視点が必要なのではないか、と感じたのです。
私はすぐに学年会議を招集し、生徒指導主事、特別支援コーディネーター、そしてスクールカウンセラーにも参加を求めました。それぞれの専門分野から生徒の状況について意見が出され、そこには私が一人で考えていた時には気づかなかった、多くの視点と具体的な支援策のヒントが隠されていました。この経験を通じて、「職員室の壁」を越えて情報を共有し、連携することの重要性を痛感したのです。
職員室におけるチーム支援の実践と学び
この経験から、私たちは職員室内の連携強化に本格的に取り組み始めました。いくつかの具体的な実践とその中で得られた学びをご紹介します。
情報共有の「質」を高める工夫
かつての情報共有は、学年会議での報告や、口頭での伝達が中心でした。しかし、これでは情報が断片的になりやすく、個々の教員が持つ生徒に関する深い理解が共有されにくいという課題がありました。
そこで、私たちは共有シートの導入と、短時間の定期的な打ち合わせを始めました。共有シートは、生徒の特性、家庭状況、支援履歴、最近の気になる言動などを簡潔にまとめたもので、個人が特定されないよう細心の注意を払いながら、限られた職員間で共有しました。これにより、異動してきた教員でも、短期間で生徒の全体像を把握しやすくなりました。
また、週に一度、15分程度の「情報共有ミーティング」を設けました。ここでは、特に支援が必要な生徒に焦点を当て、各担当教員が感じた変化や支援の進捗を共有します。短い時間ですが、複数の視点から意見が交わされることで、多角的な支援策を検討する貴重な機会となりました。
専門性と役割分担の明確化
一人の教員がすべての専門知識を持つことは困難です。そこで、私たちは各専門職の役割を明確化し、それぞれの専門性を尊重した役割分担を推進しました。
例えば、発達障害の可能性のある生徒に対しては、特別支援コーディネーターが中心となり、外部機関との連携や個別の支援計画立案を主導しました。スクールカウンセラーは、生徒の心のケアや保護者との対話における専門的な助言を提供しました。私たちは担任として日々の様子を伝え、学級での具体的な関わり方について相談するという形で、それぞれの強みを活かしながら生徒を支えました。
これにより、一人の教員の負担が軽減されるだけでなく、生徒はより質の高い、専門的な支援を受けられるようになりました。
心理的安全性の確保と助けを求める文化の醸成
最も重要だと感じたのは、職員室に「助けを求めやすい」心理的な安全性を確保することでした。ベテラン教員の中には、弱みを見せることに抵抗がある方もいらっしゃいますし、若手教員は経験が浅いゆえに相談をためらうことがあります。
私は、自身の「一人で抱え込み」の経験を若手教員に率直に話すことで、「困ったら相談してほしい」というメッセージを伝えました。また、学年会議では、若手教員が抱える悩みや疑問に対し、経験豊富な教員が一方的に指示するのではなく、共に考える姿勢を大切にしました。時には、私自身が他の教員に「このケース、どうすれば良いと思うか」と意見を求めることで、助けを求めることは恥ずかしいことではない、むしろチームの力を引き出す上で不可欠な行為であるという文化を醸成するよう努めました。
経験豊かな教員にできること:橋渡し役としての視点
この一連の経験から、経験豊富な教員だからこそ果たせる役割があると感じています。それは、単に自分の経験を伝えるだけでなく、「橋渡し役」として、伝統と革新、ベテランと若手、そして学校と地域・外部機関とをつなぐ存在となることです。
私たちは、自身の経験から得た知見を惜しみなく共有しつつも、新しい支援の形や若い教員の柔軟な発想を積極的に受け入れる姿勢が求められます。また、職員室内の連携強化は、学校全体の組織文化を変革する大きな一歩です。この変革を主導し、教員一人ひとりが「チームの一員」として機能できる環境を整えることが、今後の教育支援において不可欠であると確信しています。
結び:未来へつなぐ「支える学びの輪」
職員室の壁を越え、チームとして生徒を支えることは、単に教員の業務負担を軽減するだけでなく、生徒一人ひとりの多様なニーズに応えるための最も確実な道筋であると私は考えています。一人の教員が抱える課題は、決してその人だけの問題ではありません。それは、チーム全体で考え、知恵を出し合い、解決していくべき「支える学びの輪」を広げる機会なのです。
皆様の教育現場においても、職員室内の連携を今一度見直し、新たな支援の形を模索するきっかけとなれば幸いです。私たちは皆、子どもたちの未来を共に築く仲間であり、互いに支え合うことで、より豊かな教育環境を創造できると信じています。